『総合的研究 記述式答案の書き方』は、その名の通り「記述式答案の書き方」に特化して解説する、ありそうでなかった画期的な本です。
記述式答案を書いて定期試験や模試で減点されても、ほとんどの生徒はどこが不十分でどう直せばいいのか、すぐには分からないでしょう。それ以前に、学校で答案の書き方をきちんと習ったことがあるという人も少ないのではないかと思われます。
私も数学の授業で添削課題を出していますが、初めのうちはそもそも日本語の文章として成立していないものや、何を言おうとしているのか意味不明な答案が提出されることが少なくありません。それでも毎回添削を行い、どこが問題でどう改善すべきかフィードバックし続けていると、多くの生徒は2~3か月経過したころから段々ときちんとした答案が書けるようになってきます。1年後には東大・京大や医学部を始めとする難関大学に合格する人ですらそういうことがままあるわけですから、苦労している人はもっと多いはずです。
私の教え子には高3までに必ず読んでもらうようにしています。意欲的な高校生はもちろん、指導する側の先生にも読んでもらいたい本です。あとがきに書かれていることは、多くの数学教師や講師が感じている心の叫びと言えるかもしれません。
内容
第1部では、よい答案とは何かということや、答案作成の際の心構えが説かれています。ふだん、数式を羅列しただけの答案を作成している人はまずこの第1部を熟読してください。続いて第2部では、答案作成の際の言葉遣いや計算の書き方などが解説され、第3部ではいよいよ本題である「条件の同値変形」に踏み込んでいきます。第4部は第3部の内容を踏まえ、実践編として色々な証明の記述の仕方や答案の書き方が、具体例を用いて説明されています。難関大志望者は。特に第3部と第4部をじっくりと読み込みましょう。
全体を通して、模範的な解答だけでなく、[よくない答案]や[ダメな答案例]が紹介されているため、どこがよくてどこがダメなのか、ということを判断しやすいと思います。中には思わず笑ってしまうものや、自分も同じような書き方をしていてドキッとするものがあるはずです。
簡単に読めるものではありませんが、数学を勉強している人にとっては得るものが多い本です。研究や仕事などで論理的な文書を作成する必要がある大学生・社会人にとっても役立つかもしれません。
「自分が受ける大学には記述問題がないから、きちんとした答案を書く必要はない」という人もいますが、それは大きな勘違いです。記述式答案を作成する能力は、マーク式の問題を解く際にも大いに役立ちます。問題文が何をいおうとしているのか、どのような解法が要求されているのか、普段から自力で答案を作成する習慣のない人が、正確に捉えられるわけもないからです。
取り組む時期
高校生が使う場合は、数学I・A・II・Bの学習がある程度進んだ段階(『青チャート』や『Focus Gold』などの網羅形参考書が仕上がったころ)で読むといいと思います。典型問題の解法が身についた段階で読むと、それまでもやもやしていたところがすっきりするはずです。その他、教師・講師になったばかりの人、教師・講師を目指す人が読んでも得るものは多いと思います。
あとがきでも触れられている通り、「条件の同値変形」などについてさらに深く学びたい人は、『総合的研究 論理学で学ぶ数学――思考ツールとしてのロジック』に進みましょう。高校生にとっては難しすぎるかもしれませんが、何らかの形で数学を教えている人には必読の書です。
本書に刺激を受けたのか、約1年後の2019年10月に『木村雅一の 数学の記述答案が面白いほど書ける本』という本が出版されました。このタイプの本が何冊か出るのは非常によいことです。時間を持て余している高校生(そんな人がいれば)、あるいは数学教師・講師(こちらは時間を持て余していなくても)は読み比べてみるとよいでしょう。